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大阪高等裁判所 昭和31年(ラ)209号 決定

抗告人 (昭三一(ネ)二〇九号 相手方) 大浜登美子(仮名) 外一名

相手方 (昭三一(ネ)二〇九号 抗告人) 大浜俊一(仮名)

主文

昭和三一年(ラ)第二〇九号事件抗告人の抗告を棄却する。

原審判を次のとおり変更する。

昭和三一年(ラ)第二〇八号事件相手方(同第二〇九号事件抗告人)は、同年(ラ)第二〇八号事件抗告人両名(同第二〇九号事件相手方)に対し、それぞれ金六五、四四〇円及び昭和三二年九月末日から右第二〇八号事件抗告人両名がそれぞれ中学校を卒業するまで毎月末毎にそれぞれ金三、五〇〇円を支払え。

昭和三一年(ラ)第二〇八号事件抗告人両名のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

抗告費用は、同年(ラ)第二〇九号事件抗告人(同第二〇八号事件相手方)の負担とする。

理由

本件各抗告人の抗告の趣旨及び理由は、それぞれ別紙記載のとおりであり、各抗告人は互に相手方の抗告を棄却するとの裁判を求めた。

尚昭和三一年(ラ)第二〇八号事件抗告人(同第二〇九号事件相手方、以下単に抗告人と称する)等は、同年(ラ)第二〇九号事件抗告人(同第二〇八号事件相手方、以下単に相手方と称する)の本件申立が不適法であるとの抗告理由に対し、「神戸家庭裁判所明石支部昭和二九年(家イ)第二五七号事件の審判は、同年一二月二一日なされたが、右審判当時抗告人等がその親権者を含め生活保護法により受けていた生活扶助等一ヶ月金三、五八〇円は、昭和三一年四月一日以後その支給を停止され、住宅費、医療費及び教育費の扶助も打切られ、これを要することとなり、目下毎月金一、四〇〇円の家賃を支払つている実情にある。前記審判当時より抗告人等の親権者の収入は多少増加しているが、右審判当時は抗告人登美子のみ小学校一年に通つていたが、現在は同女が三年生、抗告人佐和子は小学校一年生となり、生活扶助、住宅扶助及び教育扶助が停止された為、生活費、教育費その他の費用を相当多額に要することとなり、生活困窮は、右審判当時よりも著しく増加している。これに反し、相手方は、右審判後明石市○○○○商店街に○○支店を開き、電話も新に架設し営業を拡張して居り、更に相手方主張の前婦恵子に対する示談金も昭和三一年六月で支払済の筈であり、その扶養能力は増大している。以上の実情であるから、前記審判後事情の変更があるから、当然本件申立は許さるべきである。」と述べた。

(証拠関係――省略)

相手方の抗告理由に対する判断。

民法第八七七条ないし第八八〇条の規定による扶養に関する処分は、家事審判法第九条乙類に規定する審判事項であり、その審判に対する不服申立の方法として即時抗告のみを認められているのであるから(同法第一四条)、扶養の審判は、即時抗告期間の徒過その他審判の確定することによつて形式的確定力を生ずる(同法第一三条但書)ことは、相手方主張のとおりである。しがし、民法は、その第八七七条ないし第八八〇条において扶養の義務を定めると共に、扶養の順位、扶養の程度又は方法、扶養関係の変更又は取消を家庭裁判所の権限に属せしめ、家庭裁判所は、家事審判法第九条乙類の審判事項として審判すべきものとしている。そして、右審判は、特別の定がある場合を除き、その性質に反しない限り非訟事件手続法第一編の規定を準用してなすべきことは、家事審判法第七条の規定により明かであるのみでなく、民法第八七七条第一項は、直系血族及び兄弟姉妹は、互に扶養する義務があると抽象的に規定するのみで、具体的に義務者を規定せず、扶養を要する者の請求により扶養義務者の協議により決すべく、協議が調わないときは、家庭裁判所が、扶養義務者の順位、扶養の程度又は方法を定めるべきものとし(民法第八七八条第八七九条)家庭裁判所の審判においては必ずしも実体法上の義務の存否の確定を目的としていない。従つて、扶養に関する審判事件は、非訟事件であつて、訴訟事件ではないから、扶養に関する審判は形式的確定力を有するに至つても、民事訴訟における判決のように必ずしも既判力(実質的確定力)を有するものでないと解するのを相当とする。もつとも、家事審判法第一五条は、金銭の支払、物の引渡、登記義務の履行その他の給付を命ずる審判は、執行力ある債務名義と同一の効力を有すると規定しているが、同条は、右のような審判に執行力を認めたに止まり、確定判決と同一の効力を認めたものではないから、同条から直ちに給付を命ずる審判の確定により実質的確定力を有するものと解することはできない。従つて、同条は、審判に既判力がないと解することを妨げるものではない。以上の次第であるから、扶養の審判に既判力があることを前提とし、本件審判申立が不適法であるとの相手方の所論は理由がない。、

次に、相手方は、「前審判後事情の変更がないのにかかわらず抗告人等から更になされた本件審判の申立は不適法である。」と主張するが、扶養に関する審判には既判力がないことは既に説明したとおりであり、前審判の申立が理由がないとして棄却され、その審判が形式的確定力を有するに至つた後においても、扶養制度を認めた民法の趣旨及び扶養の性質にかんがみ、扶養請求の審判申立をした者の将来にわたる扶養請求権を喪失せしめるものと解するのは相当でない。従つて、前審判において扶養の審判の申立が棄却され、該審判が形式的確定力を生ずるに至つた場合においても、扶養を要する状態にある者は、前審判と異る事実を主張して審判を申立てることができ、家庭裁判所も亦右申立が理由あると認めたときは、前の審判と異る審判をすることができ、事情の変要の有無は、申立の理由があるか否かを判断する一資料となるに過ぎず申立の適否とは関係ないものと解するのを相当とする。原審判の右の点に関する判断は、簡略に過ぎるきらいはあるが、原審判は、上述の理由と同趣旨の理由で相手方の本件申立が不適法である旨の主張を排斥し、抗告人等の申立の一部を認容したものであることを窮い知ることができるから、原審判には叙上の点につき相手方主張のような違法はない。

次に、原審判は、昭和三一年一月一日末日までの相手方の扶養義務は既に履行ずみであることを認め、同年二月一日以降の扶養料の支払を相手方に命じたことが明かであり、原審判挙示の疎明方法によれば、相手方に扶養能力があることを一応認めることができるから、相手方の同年一月末日までの扶養義務が履行ずみである旨の主張はその対象を失つて居り、その後の扶養能力がない旨の主張はいずれも理由がない。

抗告人両名の抗告理由に対する判断。

原審判は、抗告人両名とその親権者母寺島まさ子の必要とする一ヶ月の生活費及びその不足額等を認定するに当り、神戸家庭裁判所調査官江口千代蔵の調査に関する報告書に基き、一ヶ月の生活費を金一〇、三六〇円、右寺島まさ子の一ヶ月の平均収入を金四、四二〇円と認め、一ヶ月の不足額を金五、九四〇円と認定し、昭和三一年二月一日以降相手方は、抗告人等に対し、それぞれ右半額の金二、九七〇円宛の支払を命じたことが明かである。右認定は、同年二月及び三月分の扶養料については、右報告書及び記録にあらわれた一切の事情を合せ考えると正当と認められる。しかし、公文書であるので真正に成立したものと認められる甲第一〇、第一一号証、当審における抗告人等親権者本人の供述により成立を認め得る甲第一二、第一六ないし第一九号証、第二二号証右親権者本人の供述前記調査官の調査報告書を総合すると、前記調査官の調査報告書は、抗告人等及びその親権者が生活保護法による生活扶助、住宅扶助、教育扶助を受けていることを認めて、生活費を算出しているが、抗告人等及びその親権者は、昭和三一年三月三一日迄生活扶助(一ヶ月金一四八〇円)、住宅扶助(現物給付)、教育扶助(一ヶ月金三八〇円)の支給を受けていたが、同年四月一日以降生活扶助及び教育扶助を廃止され、(一ヶ月金五〇〇円宛の教育費を必要とするに至る)住宅扶助(現物給付)のみを受けていたが、右住宅扶助も同年末限り廃止され、昭和三二年一月五日から現住所に移居せざるを得なくなり、一ヶ月につき家賃金一四〇〇円、電燈料金三二〇円、水道料金一四〇円、衛生費(外燈及び汲取費)金一〇〇円合計一九六〇円を要することとなつたこと、抗告人等の親権者母寺島まさ子の収入は、前記調査官の調査当時と殆んど変化がないこと、抗告人等とその親権者寺島まさ子とは昭和三一年四月一日以降右寺島まさ子の収入のみで生活しなくてはならなくなつたのに、支出は前記のように増大した為、生活は極度に困難となり、已むを得ず他から相当の借財をしてようやく生活を続けて来たことを認めることができる。甲第一九号証中以上の認定に反する部分は、前記報告書と対比して過大な記載であると認められるので採用しない。右認定の事実及び記録にあらわれた一切の事情を合せ考えると、昭和三一年四月一日以降同年末迄の抗告人両名の生活に必要な費用の不足額は、少くとも抗告人各一人につき平均一ヶ月金三、五〇〇円を下らず、又昭和三二年一月一日以降の同不足額は、住宅費等を要する関係上一ヶ月平均金四、一五三円(右金三、五〇〇円に住宅費等の合計金一九六〇円の三分の一宛を加算)を下らないものと一応認むべきである。以上のように抗告人両名は、扶養を要する状態にあるから、相手方は抗告人等の父としてその扶養能力に応じて抗告人両名を扶養する義務があるものというべきところ、前記調査官の報告書、公文書であるので真正に成立したと認める甲第五号証の一ないし四、第二三号、乙第三ないし第五号証、原審証人寺島明の証言、原審及び当審における抗告人等親権者本人及び相手方本人の各供述、その他記録にあらわれた一切の事情を総合すると、相手方は、昭和三一年四月一日以降抗告人両名に対し、一ヶ月金三、五〇〇円宛の限度で扶養能力があるものと認められるから、相手方は同日以降右割合により、原審判の説明と同一の理由により抗告人等がそれぞれ中学校を卒業する迄毎月末日限り支払をなすべき義務があるものといわなければならない。

前記抗告人等の抗告理由に対する判断において認定した事実によれば、相手方は、抗告人等に対し、扶養料として、昭和三一年二月、三月分各一ヶ月につき金二、九七〇円宛及び同年四月一日以降既に履行期の到来した昭和三二年八月末日迄各一ヶ月金三、五〇〇円宛の割合による合計金六五、四四〇円宛、昭和三二年九月末日以降抗告人等がそれぞれ中学校を卒業する迄一ヶ月各金三、五〇〇円宛を支払う義務があることが明かであつて、抗告人等の本件請求は右限度で理由があるから、これを認容することとする。抗告人等は、昭和二九年八月一日以降各成年に達する迄毎月金五、〇〇〇円宛の支払を求めているが、相手方が支払うべき昭和三一年一月末日迄の扶養料の支払が既になされていることは、相手方の抗告理由に対する判断において説明したとおりであり、同年二月分以降一ヶ月金五、〇〇〇円宛の扶養料の請求については、抗告人等が一ヶ月金五、〇〇〇円宛の扶養を要する状態にあること及び前記認定の金額以上に相手方に扶養能力があることが、記録によつても認められないから、前記認定の限度を超える部分の請求は、棄却を免れない。

以上の次第で、相手方の抗告は理由がないから、家事審判規則第一八条家事審判法第七条非訟事件手続法第二五条民事訴訟法第四一四条第三八四条第九五条第八九条を適用して抗告を棄却し、抗告費用を相手方に負担せしめ、抗告人等の抗告は理由があるから、家事審判規則第一九条第二項により原審判を変更し、主文第三、四項のとおり審判に代わる裁判をすることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 坂速雄 裁判官 岡野幸之助)

(別紙一)

昭和三一年(ラ)第二〇八号事件抗告人大浜登美子、同大浜佐和子の抗告の趣旨及び理由

抗告の趣旨

原審判中抗告人等の請求を認容した部分を除き之を却下した部分を取消す。

原審判を下記の通りに変更する。

相手方は抗告人等に対して何れも昭和二九年八月一日以降抗告人等が各成年に達するまで毎月各金五、〇〇〇円宛を扶養料として夫々支払えとの審判を求める。

抗告の理由

(1) 抗告人等は相手方の実子である。親子は同一水準の生活を為すべきものである。貧しければ貧しきを分ち、財あれば之に応じてより高い生活水準を確保せしむることが親族関係の本旨である。

(2) 相手方は最小限一箇月金四〇、〇〇〇円以上の純収入を有することは原審に於ける調査官江口千代蔵の調査報告書により明らかであり又上記報告書その他一件記録によれば相手方の家族は先妻の子二人及抗告人二人の四人が直系一親等の血族であつて第一順位の扶養権利者であることが明らかである。異父妹弘子及異父弟浩は何れも三〇才位であり(浩は相手方と生計を別にしておる)甥の太田和雄は二九才位で何れも相手方の扶養を必要としない。故に相手方子四人に祖母きくの六人が相手方の収入により生活するとしても一人当り約七、〇〇〇円の生活は可能の状態である。相手方は税務署に対する申告に於て明らかに抗告人等を扶養家族として届出ているのである。

(3) 仮に抗告人等が相手方と同一水準の生活を為す権利なしとするも抗告人の生活費が各一箇月金五、〇〇〇円を要するものなることは動かすことが出来ない。上記金額は神戸市に於ける一箇月の平均生活費であり、抗告人等はその身分上上記平均の生活を為す権利がある。抗告人等が相手方の扶養を得べくして得られない期間最低生活を下る生活を為しつつある時期を促えて、その生活費が即ち所要の要扶養額であるとするのは扶養に関する民法の原則にもとるのみならず憲法第二五条第一項にも違反するものである。若し然らずとせば扶養義務者は扶養権利者の要求に耳を藉さず之を窮地に陥れその飢餓線上を彷徨している瞬間を捉えて要生活費を主張立証為し得ることとなるからである。

(4) 現在に於ては抗告人等の生活費は現実に各一箇月金五、〇〇〇円以上を要する。原審の認定は前記調査官の昭和三一年二月二三日附命令に基き為した報告書に基くものであるが、抗告人等はその親権者を含め同年三月一日以降何等の扶助を受けておらず、その関係上上記三人は近日中にその宿舎を明渡さねばならぬこととなつており、従前受けていた扶助料の外住居費をも負担せねばならず、上記三人の生活費は一箇月少くとも金一五、〇〇〇円を要し各抗告人の要生活費は最低一箇月金五、〇〇〇円である(この点更に立証する)。

(5) 抗告人等が相手方に対し扶養の請求をしたのは昭和二九年七月三〇日であるから抗告人等は少くとも昭和二九年八月一日以降の所要生活費を相手方に要求する権利がある。原審判に於て昭和三一年一月末日までの分は請求し得ないと判示せられたが以前の調停条項に拘はらず抗告人等は生活が出来難くなつたので重ねて扶養を請求したのであり抗告人等が使い過ぎたからその後は餓死してもよいということは法律の認めた扶養の趣旨に反する。抗告人等が昭和三一年一月末日までに既に扶養を要する状態にあつた事実は更に疏明する。

(6) 抗告人等の将来扶養を要する期間は少くとも成年に達するまでである。抗告人等は相手方の嫡出子として少くとも高等学校卒業までの学業を継続せしむるを相当と謂うべきであり、卒業後就職する場合に於ても雑多の費用を要することは顕著なる事実であるから、相手方の抗告人等に対する扶養を打切る時期は成年に達した時と認むるを妥当と考える。

以上の理由により本件抗告に及んだ。

(別紙二)

昭和三一年(ラ)第二〇九号事件抗告人大浜俊一の抗告の趣旨及び理由

抗告の趣旨

原審判を取消して相手方両名の本件申立を却下する

との裁判を求める。

若し仮りに本件申立を却下する理由なしとすれば、原審判を取消し下記の通り審判に代わる裁判を求める。

抗告人は相手方両名に対し各七、五〇〇円ずつを支払い昭和三一年七月末日から相手方両名が各中学校卒業するまで毎月末毎に金一、五〇〇円ずつを支払わねばならない。

相手方両名のその余の請求はいづれもこれを却下する。

抗告の理由

第一原審判の理由中抗告代理人(原審相手方代理人)の主張として掲記部分はすべてここに援用主張し、これに対する証拠も原審において提出した証拠は全部これを引用する。

等二なお原審判理由中「当家庭裁判所調査官の調査に関する報告書によると申立人両名とその親権者母寺島まさ子の三名の平均一ヶ月の生活費は一〇、三六〇円を要するに親権者の一ヶ月平均収入は四、四二〇円であるから一ヶ月五、九四〇円が不足であつて相手方はこの限度において充分な扶養能力を有していることが認められる」との認定は事実と相違すること甚しく承服できない。換言すれば原審は抗告人の営業収益を過大に認定したものである。

従つて原審判を強行するときは、抗告人の営業は究極において破たんを来し営業廃止の止むなきに至る結果は、抗告人家族の生活不能は勿論相手方等の扶養能力をも失うこととなるので抗告趣旨の通り裁判を決める。

第三上記主張に対する証拠は原審提出のものを引用する外追て提出する。

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